お別れ。
先日5日に、実家の愛犬ケンとお別れをしました。15歳でした。
覚書の為のキロクです。
読みやすい文章でもありませんので、哀しいお話が苦手な方は、回れ右!(`・ω・´)キリッ
先日5日に、実家の愛犬、ケンとお別れをしました。
たまたま帰省していた3連休で、中日の4日には、親戚の集まりで犬も連れて、みんなでワイワイバーベキューをした、その夜からの急な事態でした。
ずっと、毛艶も良いし全然15歳には見えないよね、元気だよねと言い続けていました。実際に元気でした。今回も「ちょっと食欲が無いから、バーベキュー連れてくのは心配だけど、変なもの食べなきゃ大丈夫だよね」くらいの体調の悪さに見えていました。
それなのに、その夜から急激に体調を悪くして、夜中にはぺったりと座り込んでしまったので、心配で夜間の救急病院へ。病院で点滴を打ってもらって、一晩の入院。朝方迎えに行ったら、快復しているどころか、立てないくらいにまで悪化。かかりつけの病院が開くのを待つ間にも、目が虚ろになり、息も荒くなって、何度も呼吸が止まるんじゃないかと、思いながら見守りました。
それでも、このときはまだ、かかりつけの病院に行けばなんとか持ち直すんじゃないかと淡い期待を抱いていました。
10時に病院に電話が通じた時には、この状態で病院に連れて行って、何とかなるのか。入院させて、そばを離れることが出来るのか、と思い、一度は、状態だけ説明して「考えます」と電話を切ったものの、ただただ呼吸が辛そうなケンを見ているのが辛くて、やはり病院に。
ただし、傍を離れるなんて無理、と、休日診療で人がいない病院の診察室に無理やり居座らせてもらいました。今考えると、普通に診療している時には出来なかっただろうことなので、本当に運が良かったな、と。
酸素室に入れてもらって、点滴をうってもらって、多少呼吸が楽になったようなケンちゃんを見ながら、説明を受けました。より詳しい状態を見るためにMRIを撮ることになって、その間に少しだけ食事を取りに病院を出ました。
戻ってきて、話を聞くと、以前から持っていた副腎の腫瘍が極端に大きくなっていること。おそらく、その腫瘍のせいでホルモン異常が起きていて、呼吸や心拍が以上の上昇していること(全力疾走後の状態がずっと続いているような状態?)などの説明を受けました。このままの状態が続けば、食事もとれず水も飲めず、衰弱していって、1週間程度の命だと。点滴で、血圧を下げてあげることはできるけれど、手術で腫瘍を取り除かない限り、治ることは無く、手術自体の難易度も高い上に、そんなことが出来るくらいまで、安定した状態に持っていけるかもわからない、とのこと。
このときの説明で、ああ、ケンちゃんとはもうお別れするしかないんだ、と思いました。
ハァハァと浅い呼吸を繰り返し、辛そうな状態で一週間もなんて…。何とか、少しでも楽にしてあげることは出来ないものかと、宿直のお医者さんに話を聞いてみましたが、点滴による対処療法くらいしかなくて、それも病院でしか出来ないので、自宅では…と言う話。
もって一週間という話だったので、今日はもう家に帰って、来週また帰って来ようと思いながら、駅に向かう時間がまもなく来る、という時に、ケンちゃんの容態が急変。バイタルチェックまでしてくれていたんですよね、このとき。その、心拍が明らかにおかしくなって、獣医の方がバタバタと酸素室から連れ出して、心臓マッサージを。明らかにぐったりしているケンちゃんにマッサージを続けている横にも入らせてもらい、縋るように握った手が、冷たくて。
もう戻らないんだと痛感して、泣きながら、マッサージをやめてもらいました。
直前まで、酸素室に手を入れて撫でてあげることができていました。もう少し撫でてあげていればよかったとか、最後の瞬間は抱いてあげてたかったとか、少し思ったりもするけれど、でも、あんなに処置室にずっと居させてもらえたことも奇跡だし、酸素室の中では、家にいたときよりも呼吸も楽そうだったので、家で死にそうに浅い呼吸をさせていたより、きっと良かったんだと信じています…。
その後、点滴用に入れていた針を抜いてもらって、丁寧にガーゼまで当てて処置してくれました。
いつもこっぽり収まっていたベッドにケンを入れて、父と母と一緒に、新幹線の駅まで送ってくれました。そういえば、ケンを買いに行ったときも、この3人だったよね、と話をしながら、駅に行きました。
お別れの最後まで、ケンを撫でさせてもらって、私は帰ってきました。
今日、両親がペット葬儀のところで、火葬をしてくれたようです。骨も歯もしっかりしていたそうで…本当に、ギリギリまで元気だったんだな、と。一切心配をかけることなく、元気な姿をずっと見せてくれていたケンちゃんは、本当に飼い主孝行な子やったと思います。
兄弟みんな家を出てしまい、父も単身赴任中なので、ずっと母のペットロスが心配でした。
勿論今も心配ですが、母が一人ではない時、さらには、GW中で、父がまだ少し一緒に居られるタイミングでいなくなるなんて、なんて出来過ぎの子やろう、と。
きっと、母のことも心配やったんじゃないかな、と思います。
私のダメージが思っていた以上に大きくて、自分でもびっくりしています。
職場でも、犬好き仲間の人に話したら「人生の半分は一緒に居たんだから、仕方ないよ」といわれました。本当の意味で半分ではないけど、確かに、記憶のある時期から考えたら、ほぼ半分といってもいいのかな、と。
ずっと犬が飼いたくて、でも、社宅住まいだったので飼えなくて。
今の一軒屋に引っ越して、ようやく飼えた念願の子でした。
外犬をイメージしてたので、座敷犬のヨークシャーの世話は、想定以上に大変で、そのことで何度も母親とケンカもしました。
…まぁ、結局、母が全面的に面倒を見てくれるというお決まりのパターンでしたけど(笑)
ホントに可愛い子でした。
ウチの子一番!って、きっと誰でもそうですよね。
もう、あのふわふわの毛に触れないなんて信じられないけど、でもきっと、ケンちゃんも楽しい15年間だったと信じてお別れするしかないんだなぁ、と。
まだまだずっと哀しいけど、少しずつ乗り越えていかなきゃなーと思います。私より、母のほうがきっともっと哀しいから、何とか支えていかなきゃな、とも。母の行動は、常にケンちゃんのエサと散歩が規準だったから。その喪失感は、私なんかじゃきっと及ばないだろうから。
次の子なんて考えられないと、よく言うけど、どうなるかは分からないけど。
今は、暫く、お別れの悲しさに浸る時期なのかなーと思います。
まとまらない文章でごめんなさい。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
この話をすると、多分絶対泣いてしまうので、お暇な方は、べそべそ語る十六夜にお付き合いいただけると幸いです(ダメ)